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岩波書店の物理アーカイブ 信州風樹文庫にいってきた

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風樹文庫入り口正面

風樹文庫ってなんかライトノベルズの名前かと思った。

 長野県諏訪市にある信州風樹文庫にいってきました。読み方は「ふうじゅ」。「ふうき」文庫ってどこですか? そんなこと聞いて近所の人からは「ハァ?」と言われるのは筆者を最後にして欲しい。\(^o^)/

読めないと恥ずかしい漢字[完全制覇本] 読めないと恥ずかしい漢字[完全制覇本]

風樹文庫があるのは長野県の諏訪市中洲。ここは岩波書店の創業者、岩波茂雄氏の出身地。

風樹文庫は諏訪市立の図書館で、岩波書店から戦後刊行の全て書籍の寄贈を受けているというまあ、本好きの筆者なんかにとってはもう宝物殿みたいな場所なんです。

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風樹文庫の建物外観

岩波書店の創業者岩波茂雄

岩波茂雄氏についてはこんなふうに紹介されています。

 

諏訪市中洲(当時中洲村)で生まれた「岩波茂雄」は、早くに父を亡くし、母を助け一家を支えながらも志は高く持ち、上京して苦学の末東大哲学科選科を卒業しました。教員を経たのち、大正2年神田に古本屋を開業し、翌年、夏目漱石の「こころ」出版を皮切りに、哲学・社会・文学など幅広い分野で、意欲的な出版活動に注力しました。正札販売に徹したことや、昭和に入り「岩波文庫」の出版が大成功をおさめ、経営は盤石なものになってゆきました。

岩波茂雄は、風樹会を設立し、基礎研究者への支援や多くの教育者を内地留学させ文化の発展に大きく寄与しました。また故郷の水道敷設や学校用地購入に高額の援助を行うなどの実績を残しました。昭和21年、出版人としてはただ一人文化勲章を受章しましたが、同年4月脳出血に倒れました。
・茂雄の実家跡(諏訪市中洲中金子)は、安倍能成の筆による「低處高思」の刻まれた大石がおかれ、傍には茂雄の成長を見詰めてきた唐桃の木の2世が植えられ公園になっています。

 

(引用:諏訪市公式ホームページより)

岩波茂雄氏は教員-->古本屋のおやじ-->岩波書店社長-->社会貢献っていう道を進んだんですね。
この岩波茂雄先生、地元では「しげおさん」と今でも愛着を持って語られるそうです。「岩波さん」とか「先生」とかではなく、下の名前で「しげおさん」と呼ばれるところに親しみを感じますね。ちなみに岩波という名字は諏訪市には多くて、いわゆる伊藤さんとか加藤さんみたいな感じでだそうです。

風樹文庫のなりたち

 

・昭和22年、戦争からの復興に勤しむ諏訪郡中洲村では、青年会や村役場の人たちが、「茂雄を生んだ郷土には、今こそ良書が必要だ」と話し合い、茂雄の亡きあとの岩波書店に本の寄贈を懇請しました。「岩波茂雄の郷土だからと言って、岩波の本が欲しいというのは、一種のセンチメンタリズムだ。」と、厳しい姿勢だった書店であったが、青年達の良書を読みたいという熱い訴えに、ついに協力を約し願いはかなえられました。
・最初は201冊。3人の青年がリュックサックを背負って上京し、宝物は無事に中洲小学校の応接室に収められ、貸出業務は青年会文化部が責任をもちました。
・風樹文庫は、生まれた当時中洲小学校の応接室の書棚にありましたが、数が増えるにつれて、やがて独立した建物に移され、地域の人たちは子どもも大人も本をむさぼり読み続けてきました。「坊ちゃん」「イワンの馬鹿」「ドリトル先生月へ行く」…そして雑誌「世界」など、表紙を付け替えるくらいまで読み込まれた本の数々がその歴史を物語っています。
・なぜ風樹文庫と名付けられたのか。それは、岩波茂雄座右の銘である「風樹の嘆」によるのです。韓詩外伝巻ノ九には「樹欲静而風不止 子欲養而親不待也 往而不可得見者親也」<孝養をしようと思い立った時には、すでに親が死んでいて孝養をつくすことができない嘆き>とあります。
・中洲村は昭和30年に諏訪市と合併しました。文庫は、平成5年に中洲村役場のあった現地に移転新築され、現在に至っています。コーナーのおはなし広場では、岩波少年文庫や絵本に囲まれた子供たちの笑顔があふれ、閲覧室には近くの主婦やお年寄りなどが、和やかに本を広げています。
・隣にある中洲小学校の子供たちとの関わりは、文庫設立時から今も続いており、図書の閲覧・貸出はもちろんのこと、本の整理を毎日当番を編成して手伝っています。

  

 (出典:諏訪市公式ホームページより)

最後にあるように、ちゃんと地域とつながっているんですね。この中から本の「良さ」を知った知った子供たちが成長して新たな何かを創りだしてくれるといいなあと思います。

風樹の歎

館内に上の説明にある岩波茂雄氏の座右の銘であった「風樹の歎」の詩が館内に掲げられていました。

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樹欲静而風不止(樹静かならんと欲すれども風止まず)
子欲養而親不待也(子養わんと欲すれども親待たざるなり)
往而不可得見者親也(往きて見るを得べからざるは親なり)

 

風樹という名前は、両親への恩返しをきちんと出来なかった岩波茂雄氏が、そのことを悔やんで中国の故事に因んで名づけたとのことです。
筆者なりの解釈では
「人生はなかなか思ったとうりにならんよ。でも最善をつくしてがんばらなければいけない」
ということかな。

岩波の本に囲まれて

館内は1階が書籍棚とソファー、調べ物をするための机、2階には勉強室があってすごく落ち着いた雰囲気になっています。
筆者のまわりには岩波書店って講談社小学館角川書店とかの他の大手出版社に比べるとなんとなく格上というか、お固いというか難しいイメージがある人も比較的多いね。でも「岩波科学ライブラリー」には題名のやわらかいものも多いし、「ジュニアライブラリー」は中高生向けでわかりやすいし、先入観持たない方が良いんじゃないかな。

諏訪市立の図書館なので入館はだれでも可能。借りるのは諏訪近隣在住とか勤務先があるとか条件はあるけどね。
本好きで風樹文庫に行ったことない人はいちど行ってみるべき。
風樹文庫前に3−4台分の駐車スペースはあるが、空いてなかったら、前の道を南へ30m位行ったところに中洲小学校があります。
平日は授業があるのダメだけど、土日は車停めても大丈夫そうだった。
文庫前の道も狭い道で通学路になっているので車の運転には十分ご注意して下さい。 

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